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umekokko's diary

育児も仕事も大切。そんな気持ちを忘れないよう、思ったことをゆるゆる書いていきます♪

丕緒の鳥 十二国記:国を作る民と王の責任は、この世界のどこかにも通じるのかも

待望の十二国記新刊。重たくて読むまでの心の準備に時間がかかりましたが、読み始めると止まらず、後から考えさせられました。

 

今回は民や官吏の話の短編集。違う国・状況を取り上げながらも、四編全てが、立ち位置の違う官吏がレイヤーの異なる考え方・視点を持ち、でもそれぞれが国を思っている中で、そういった民や官の一人ひとりの思いを受け止めることが王の役目であり責任であるというのを描き出している。

 

幸い、こちらの世界では妖魔が跋扈することも、天が試練を遣わすこともない。しかし、一人ひとりが自分のレベルなりに国を思い行動すること、そういった個々の思いを受け取れるリーダーがいること、この両輪が国の将来を左右するのかも、と考えさせられました。

 

 

以下、それぞれの短編に対する感想です。 

丕緒の鳥」では景国が描かれる。数代続く無能な王へのあきらめで熱意をなくした官が、荒廃する世界と対峙するやり方はそれぞれ違うと気づき、打ち落とされるのでなく新しく生まれる「希望」が見える飾りを作った。その真意を経験は浅いが率直な王が汲み取る瞬間。過去の作品で自分の中にある景子のキャラクターがバックアップし、新しく始まる国の光が見える。

 

それに対し「落照の獄」では柳国が描かれる。死刑制度の復活の過程とその間の官吏の苦悩を通して、「王が判断を放置する」ことによる諦観と今後に対する不安が最後に現れ、傾く国の末路を予感させる。「丕緒の鳥」との落差が明確。

「青条の蘭」も出だしは重い。死んでいく森、危機感を共有できない(対極的に状況を把握できない)人たち、辛い旅。読者に「この国はもう絶対だめだな」と思わせながら、最後の数ページで民が、自分では状況がわからなくても愚直に箱の中の希望を引き継いでいき、間接的にこの国は延であることがわかる。そこで「だったら助かる」と思わされる安心感にやられました。私はこれが一番好きです。

「風信」では景国を違った視点から視る。官がすべて国のことを大局的に考えているというのは幻想でしかない。しかし、自分たちにやれることをやるしかなく、それは大きな力にはならなくても推進力の一部にはなるというのがわかる。

 

小野さんが書きたかったものは少し理解できるような気がする。でも今度は本編が読みたいなぁ。