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umekokko's diary

育児も仕事も大切。そんな気持ちを忘れないよう、思ったことをゆるゆる書いていきます♪

本気出してないもん

子ども

電車に乗り遅れそう、と伝えると猛ダッシュしてくれた長女。

 

無事に電車に乗った後、

「すごいねー。早いね!」と褒め称えると、

「いやいや、あれはふーちゃんの本気じゃないから。あんなの弱気だから!」

 

弱気な猛ダッシュ・・・

本気の反対は、手抜き、かなあ。

社内公募に落ちました・・・もっと自分のために時間を使うぞ!

仕事

先日、社内公募に落選してしまいました。

募集条件が自分の職歴にかなりフィットしていたのに落とされたことで、ものすごーーーくがっかりして、怒りすら感じていました。

 

なぜ怒りまでわいたのだろうか?

「がんばっているのに評価されていなかった!」

「睡眠時間や家族との時間や、いろいろと犠牲にしてきたのに私この会社に必要とされてるんだろうか?」

と。。。

 

で、気がついた。

ある一時点で会社から評価されることにこだわっていた自分に。

 

そのとき、その場所で、求められている成果は出してきた自負がある。でも長期的な自分の成長はあまりできていなかった・・・

評価を会社にゆだねていたからこんなに腹がたったんだなーと。

 

「その場で求められていること」にきゅうきゅうとするだけでなく、少し視野を広くして、会社の評価で一喜一憂されないくらい自分に自信がもてるよう、もう少し自分の成長に時間を使っていこうと思います。

こんにちは!

靴下にあなが空いているのをみて、

あーちゃんが


「かかとが、こんにちは、してるよ」


ほのぼの〜。

お父さんに似ているところ

子ども

長女がいいました。

「ふうちゃんはお父さんに似てるんだよ。

たとえば、うそをつくところひとをだますところ、あと頭がいいところ、きちんとしているところ、まじめなところ・・・」

 

三番目以下は許容できますが、トップ2が「うそをつく」「だます」って・・・

「だってお父さん、だますの上手なんだもん!ふうちゃんも真似していろんな人だましてるんだよ。すごいでしょ!」

 

子どもが尊敬する特性は、大人の考える長所とは少し違うようです。

味噌汁の具はサメ?

子ども

「ご飯全部食べないとデザートなしだよ」と声かけしたところ、あーちゃんから

「サメは食べれないよ。」の一言。
 
・・・それは煮干しです。
サメなんて食材、使いこなせません。
 
 
だいたいサメが味噌汁の中にいるはず・・・
は!スクアーロのクラッシュ!!
スタンド使いか!!!
(「ジョジョの奇妙な冒険」大好きです。)

キャリアのたな卸しが一年に一回は必要!

仕事

私は技術系採用ですが、これまでのキャリアはかなり異色。

マネジメント系のポジションが多く「事務系?」と周りからよく言われていました。だから自分のキャリアパスについて不安と不満があり、「なんでこんなにいい加減な人事をするのだろう」と怒ったり悔しくなったりしていました。

 

しかし、最近「これはこれでいいんだな」と思えるようになりました。きっかけは、社内公募への応募です。

応募書類を埋めるために自分の業務経歴を思い出し、たな卸しをしていくと、確かに普通の技術系のキャリアとは言えないけれど、そうではない自分の強みがあることに気がつきました。そして、自分が好きなのは純粋な技術系の仕事ではなく、図らずもこれまでやってきた仕事に近いんだな、とも。

 

結局、キャリアパスに対する不安も不満も、その7割くらいは周りの人の意見に影響を受けていただけなんですね。それが紙に書き出してみるとよくわかりました。周りの人は自分の価値観を根底にしてご意見くださるので、一番大事なのは、紙に書き出して、客観的な目で、自分で自分の将来を考えることです。

 

しかし、入社当時のこととか結構忘れている・・・

長期記憶は難しいものなので、一年に一度くらいは「自分が何をして」「どういう成果が得られたのか」をたな卸しし続けて行こうと思います。

丕緒の鳥 十二国記:国を作る民と王の責任は、この世界のどこかにも通じるのかも

本の感想

待望の十二国記新刊。重たくて読むまでの心の準備に時間がかかりましたが、読み始めると止まらず、後から考えさせられました。

 

今回は民や官吏の話の短編集。違う国・状況を取り上げながらも、四編全てが、立ち位置の違う官吏がレイヤーの異なる考え方・視点を持ち、でもそれぞれが国を思っている中で、そういった民や官の一人ひとりの思いを受け止めることが王の役目であり責任であるというのを描き出している。

 

幸い、こちらの世界では妖魔が跋扈することも、天が試練を遣わすこともない。しかし、一人ひとりが自分のレベルなりに国を思い行動すること、そういった個々の思いを受け取れるリーダーがいること、この両輪が国の将来を左右するのかも、と考えさせられました。

 

 

以下、それぞれの短編に対する感想です。 

丕緒の鳥」では景国が描かれる。数代続く無能な王へのあきらめで熱意をなくした官が、荒廃する世界と対峙するやり方はそれぞれ違うと気づき、打ち落とされるのでなく新しく生まれる「希望」が見える飾りを作った。その真意を経験は浅いが率直な王が汲み取る瞬間。過去の作品で自分の中にある景子のキャラクターがバックアップし、新しく始まる国の光が見える。

 

それに対し「落照の獄」では柳国が描かれる。死刑制度の復活の過程とその間の官吏の苦悩を通して、「王が判断を放置する」ことによる諦観と今後に対する不安が最後に現れ、傾く国の末路を予感させる。「丕緒の鳥」との落差が明確。

「青条の蘭」も出だしは重い。死んでいく森、危機感を共有できない(対極的に状況を把握できない)人たち、辛い旅。読者に「この国はもう絶対だめだな」と思わせながら、最後の数ページで民が、自分では状況がわからなくても愚直に箱の中の希望を引き継いでいき、間接的にこの国は延であることがわかる。そこで「だったら助かる」と思わされる安心感にやられました。私はこれが一番好きです。

「風信」では景国を違った視点から視る。官がすべて国のことを大局的に考えているというのは幻想でしかない。しかし、自分たちにやれることをやるしかなく、それは大きな力にはならなくても推進力の一部にはなるというのがわかる。

 

小野さんが書きたかったものは少し理解できるような気がする。でも今度は本編が読みたいなぁ。